梶原有紀子の関西ライブレビュー
たかが音楽。されど、クリープハイプの音楽を傍らに過ごす人生のなんと豊かな―― 全国ツアー『熱闘世界観』大阪公演をリポート
現時点でクリープハイプ史上最高傑作といえるアルバム『世界観』を携えた全国ツアー『熱闘世界観』。野球になぞらえ、ツアー初日の富山は1回表、次なる新潟は1回裏といった具合に進んできたツアーの終盤となる9回表、勝負を決めるイニングともいえる11月4日の大阪公演初日を観た。ウグイス嬢のアナウンスで、小泉拓から長谷川カオナシ、小川幸慈そして尾崎世界観の順にメンバー4人が呼び込まれ、最後に「もう1人紹介したいメンバーがいます」と尾崎が言い、5番目のスタメンとして「親愛なる大阪の皆様」と。なんと心憎い演出。
冒頭、尾崎は「今日は、鬼、いいライブにしたい」とあえて強調して言うと、言葉通り「鬼」からライブは始まった。「手」「手と手」「リバーシブルー」と、大阪公演のセットリストは言葉遊びのようなタイトルの曲が並べられていた。が、面白いのは並びだけで、ステージはすさまじくタフ。「手」のイントロでガッとギターを弾き殴るような尾崎の姿にも、ただならない気合を感じた。“タフ”という印象をクリープハイプに抱いたのは初めてじゃないだろうか。
「寝癖」を歌う前に尾崎は「好きなように楽しんで」と言った後、「来た時とは違う心の寝癖をつけて帰ってください」とフロアに言葉をかけた。そうやって曲につなげるようなMCが、何度もあった。自身の言葉で目の前にいる人たちへ自信を持って曲を紹介する短い一言一言は、インディーズ時代の楽曲である「左耳」のイントロに跳び上がる人達にとっては、次の曲へと導く手となり、冒頭で「鬼」が終わった後、「これ以外、知らんねん」と笑い合っていた、おそらく初めてクリープハイプをナマで目撃するであろうお客さんにとっては、まだ見ぬ彼らの音楽世界の扉を自在に開けることのできる鍵にもなったように思う。そうやって、腕によりをかけた料理を丁寧にふるまうようなMCとは真逆の勢いで、有無を言わさぬ迫力でもって、開いた口に次々にものを突っ込んでくるように曲は続いていく。2年前に彼らの初のホールワンマンを観た時、3階まである大きな会場に、彼らの曲はきっちり届きすっぽりと収まっていた。その後にライブを観た後も、あの大きな会場で味わった晴れ晴れとした印象が薄れることはない。けれど、この日の彼らのステージは、タガが外れたようで収まりきらない。はみ出しまくっている。それでも一方的なものにはならない。タイトル通り、尾崎世界観の中にうごめいてとぐろを巻いている様々な感情や景色、人格、空気を見事にとっちらかったまま整理もしないでぶち込んだアルバム『世界観』は、クリープハイプというバンドが改めて唯一無比のバンドであることを思い知らせてくれた。全14曲中、ドラマ主題歌や映画の主題歌、CMソングになった曲が5曲。“好きな人だけが知っているロックバンド”の域は超えている。それを世間も彼ら自身も改めて思い知ったに違いない。その自信と肯定をたぎらせ曲を奏でる堂々とした所作は、この場で起こっていること全部を受け入れられるだけの余裕にもつながっていたように見えた。
とても個人的な印象だけれど、中盤の「百八円の恋」を聴いている時にようやく、フロアとステージがちょうどいい塩梅で勝負ができているように感じた。それまでは何となく、このままでは今夜は負けに終わるような気がしていた。フロアが、ステージの4人の勢いに呑まれる、と。“この曲で、それぐらいしか満足してないの?”と暗に言われているようだったし、実際に尾崎は煽りも含めて言った。「大阪、今日はおとなしいですね」「ボーッとしてたらアッという間に終わっちゃいますよ。セックスと同じですよ」と。けどそのすぐ後に「取り乱しました。あんなことを言ってスミマセン」と笑うんだけれど。全速力で、必死の形相で追いかけても、それでも彼らは止まらないから追いかけ続けることになるのだけれど。
「5%」では、尾崎はギターを置いてハンドマイクに持ち替え、カオナシの前にはキーボード。アルバム『世界観』の中には、フェス等で演奏すると沸き立つようないかにも“ギターバンド、ロックバンドっぽい曲”というカテゴリーから外れる曲がいくつかあって、その中の一角がこの「5%」。正確な打ち込みと澄んだキーボードの音色がAORの匂いを導き出す「5%」は、ほぼアルバムの通りに再現された。ライブが始まってからほとんどずっと縦に振動していた人の波が、この曲ではゆったりと横に揺れる。この曲で歌われる「僕」の願いは何一つ叶えられたわけじゃないのに、この曲がうっとり、しんみりするような心地よい余韻を残すのは、曲調だけじゃなく「ずっとそばにいて欲しいよ 僕を好きになるまで」とか「5パーセントぐらいは信じてよ」とか、気持ちをごまかさないで歌ったまっすぐさがそうさせているのだろうか。
もともとはクリープハイプがメジャー移籍したことに対するリスナーの想いを代弁したような曲だった「社会の窓」は、今やあらゆるリスナーをたきつける曲へと、ライブの中で見事に姿を変えていった。改めて耳にすると、聞きほれるぐらい美しいメロディー。そこへ、「最低」か、「最高」かのどちらかを選んで叫べと迫る曲。「最高です!」と口々に叫ぶフロアは、その言葉をステージの4人に向けて言っているようで、己に向かって言っているようにも見える。それでいい。クリープハイプを聴いている俺や私が最高でも、聴いているこの時間が最高でも、どっちでもいい。この日一番会場が沸騰したように感じたその「社会の窓」が終わった後、まだ沸騰し足りていなかったことを、次の曲「TRUE LOVE」でひしひしと痛感した。「やっとこの曲が出来ます。今日初めてこの曲をやります」(尾崎)と紹介したこの「TRUE LOVE」は、大阪が生んだフリースタイルMC、チプルソが参加し尾崎の歌&ラップとの掛け合いを繰り広げる曲で、「5%」と双璧を成すぐらいアルバムの中で異彩を放っていた。この曲が完全な形で聴けたことに感謝。心底、大阪の人で良かった。
ラスト2曲は「心の中を見せてあげる」と、どストレートに歌う「僕は君の答えになりたいな」に続いて、「この曲を置いていきます」と言い残し最後に「バンド」。アルバム『世界観』の最後を締めくくった「バンド」の歌詞に登場する2009年11月16日は、それまでサポートメンバーだった尾崎以外の3人が正式メンバーとなったことをライブで発表した日。尾崎が今年上梓した初の小説『祐介』の中で主人公の祐介は、バンドメンバーに逃げられ1人になる。クリープハイプも2008年にメンバーが脱退し尾崎はソロとなった。その経過を知った上で聴く“ギターもベースもドラムもうるさいから消してくれ”、“消せるということはあるということ”のあたりは、クリープハイプがこの布陣だからこそバンドの形を成していることを改めて痛感させられる。メンバーにあてたような「付かず離れずでこれからも」という一節は、リスナーである私たちに向けられた言葉でもあり、こちらから彼らに贈りたい言葉でもある。
こんなにも生々しく自分自身を、自分たちを歌った後に、シナリオのように用意されたアンコールがあるならば、それはナンセンスだなぁと思った。けれども拍手は鳴りやまず、アンコールはあった。ただ、「お待たせしました」「じゃ、アンコールやりますね」と言って現れた4人は、きっと純粋にお客さんの拍手と手拍子に応えてもう一度ステージに表れたのに違いない。尾崎は「エロ」の後で、「何をやるか決めてなかったんで、今決めました」と協議の結果、「さっきの話」を最後の1曲に選んだ。これこそがライブの醍醐味。予定調和の美学も重々承知の上で、こういうライブばかりであればいいのにと願う。最後は「今流行ってるヤツだよ」と、チプルソも加わりフロアを背に記念写真を撮って終了。
立ってるだけでやっとの時や、思い通りにいかないことばかりで涙も干からびるほど自暴自棄に陥ってしまう時、何が自分に力を吹き込んでくれるだろうか。背中を押すでもなく、直接的な言葉をかけるわけでもなく、ただそこに在って鳴っているだけの音楽が、時には誰かの存在や励ましの言葉以上に力をくれることがある。絵に描いたような夢や希望を歌う代わりに、誰も見向きもしない絵にもならない人間の内面を生々しく描いたクリープハイプの歌に、そのような妙な心地の良さを憶え、救われた想いになる。ただ、『世界観』を聴いた後に残ったのは、これまで彼らの音楽を他者と区別していた心地良い違和感ではなくて、曲の中に丸ごと滑り込んでいけるじんわりとした共感だった。この先、彼らがどのように進化していくのか見当はつかないけれど、「すぐに新しい作品を出して、一生懸命活動していきます」と、最後に告げた言葉の一点の曇りもない誠実さは信じられる。(梶原有紀子)
セットリスト
- 2016.11.4 大阪なんばHatch
1.鬼
2.手
3.手と手
4.リバーシブルー
5.寝癖
6.左耳
7.テレビサイズ (TV Size 2’30)
8.HE IS MINE
9.身も蓋もない水槽
10.さっきはごめんね、ありがとう
11.かえるの唄
12.炭、酸々
13.百八円の恋
14.5%
15.誰かが吐いた唾が キラキラ輝いている
16.けだものだもの
17.キャンバスライフ
18.おやすみ泣き声、さよなら歌姫
19.社会の窓
20.TRUE LOVE
21.僕は君の答えになりたいな
22.バンド - EN
1.エロ
2.さっきの話