ラジオパーソナリティ中村貴子のイベント「貴ちゃんナイト vol.11」をライブリポート
「貴ちゃんナイト vol.11」が2019年2月16日(土)下北沢CLUB251で開催された。このイベントの始まりは中村貴子がラジオ番組で紹介した曲だけを流すリスナー発のDJイベント。中村貴子はひとりの客として参加した。そのリスナーがつくったイベントを引き継ぎ、ライブイベント「貴ちゃんナイト」がスタート。「中村貴子が大好きなミュージシャンを迎え、いちオーディエンスとして見たい組み合わせにこだわるライブイベント」というテーマで走り出し、今回で10回目を迎えた。イベントを継続させるのは至難の業。自分の「好き」と「組み合わせ」にこだわると、ブッキングは途端にむずかしくなる。このアーティストが都合悪いからこのアーティストにお願いしよう、ということもできない。「好きなアーティスト」のパイも限られている。掲げたテーマが少しもぶれることなく、10回目まで到達できたというのはすごいことだ。
今回の出演者はフルカワユタカ、百々和宏、渡會将士の3組。この3組は中村貴子がここ数年の間で知り合ったアーティストばかり。過去9回のイベントは1990年代に活躍したアーティスト1組は入っていたが、今回はbayfm『MOZAIKU NIGHT FRIDAY TAKAKO’S EDITION』での「推しアーティスト」で固められた。「貴ちゃんナイトvol.1」を仕掛けたのは90年代に中村貴子のラジオを聴いていたリスナーたち。それだけに今回のイベントが古くからのリスナーに受け入れられるのか不安だったが、蓋を開けてみると、3組それぞれのファンにまじって、たくさんのリスナーが全国から集まり、会場は満員。バーカウンターの前まで人で溢れかえった。
ライブが始まる前、挨拶に登場した中村貴子は「初心に戻ってラジオで聴いてほしい3組を呼びました」とMC。考えてみれば、古くからのリスナーであればあるほど中村貴子が紹介する音楽をラジオで聴き、それをきっかけに聴く音楽の幅を広げていった喜びを知っている。ライブハウスには初見のアーティストを歓迎する空気すら漂っていた。2019年の中村貴子が紹介するフルカワユタカ、百々和宏、渡會将士の演奏に出会うことの期待感の高さ。それがこのイベントの核になっていた。これも長きに渡って中村貴子がリスナーといい関係を築いてきた証しだ。
中村貴子も「貴ちゃんナイト」を単なるイベントと捉えず、ラジオと同等のメディアという意識で臨んでいるように思う。その姿勢は観客にも出演者にも伝わっている。3組のアーティストたちは持ち時間を全うするだけではなく、パーソナリティの中村貴子とやりとりしているような、そんな空気をつくりだしていた。ここはライブハウスであり、ラジオのスタジオでもあるような、そんな空気だ。それがこのイベントを、さらに特別なものにしていた。
最初に登場したのは渡會将士。活動休止中のFoZZtoneのボーカルで、現在は菊地英昭(THE YELLOW MONKEY)のプロジェクト第7期brainchild’sのメンバーとしても活動している。リスナーだけではなくミュージシャンからの評価も高い注目のアーティストだ。この日は6曲の演奏だったが、ミュージシャンズ・ミュージシャン的な片鱗を十二分に感じることができた。
渡會将士は「遊ぼうぜ、251!」と叫び、ライブをスタート。1曲目はリズミカルな「Good Routine」。2曲目はファンキーな「Vernal Times」。3曲目には、ゆったりした雰囲気の「マスターオブライフ」を披露する。と思うと、今度は美しいメロディの「Weather Report」でボーカルを聴かせる。それぞれ性格のちがう楽曲を高性能なポップソングで包み、紡いでいく。そこに在るのは渡會将士の「ポップ職人」的気質だった。
途中、歌詞を間違える場面があった。次の瞬間、渡會将士は歌詞を間違ったことを歌詞にしてうたい始めた。こんな器用さも持ち合わせているのか、と驚いてしまった。歌と演奏の巧さに加え、パフォーマンスの巧みさは37歳にして、すでにベテランアーティストの域だ。人柄が醸し出す独特のゆるさも含め、80年代の大御所アーティストを見ているようだった。MCで「百々さんもフルカワさんもやさしくしていただいて、だからこそ緊張しています」といっていたが、彼のステージからは余裕しか感じなかった。5曲目にサンバテイストの「コイコイ月見りゃSeptember」を演奏したあと、最後はモータウン・サウンドで彩った楽曲「Chloe」でステージを締めくくった。渡會将士はどんなタイプの曲でもやれてしまうのだなあ。
次に登場したのが百々和宏。MO’SOME TONEBENDERのヴォーカル・ギターで、ソロでも3枚のアルバムをリリースしている。今日はセミアコを抱えてのソロセット。1曲目は「高架下の幽霊」。ファーストソロアルバム『窓』に収録されているブルース・ナンバーだ。2曲目は「クラクラ」。スタジオ盤ではクラムボンの原田郁子が参加している。歌詞は辛辣だがメロディはやさしさに包まれている。百々和宏流のポップ・ナンバー。3曲目は「ちょっと頭のおかしい女の子の曲」という紹介のあとに「ポテトフォーピープル」を披露。ナルシズムと妄想がごちゃまぜになった物語が主人公の孤独を容赦なく照らし出す。MO’SOME TONEBENDERはミクスチャーロックが中心だが、ソロはブルースからクラシックロック、オルタナティヴなど、いろんな表情の楽曲が並ぶ。シリアスで切ない歌詞の曲もおおい。百々和宏は、これまでロックが培ってきた表現の核をつかまえて、歌にしている。それがストレートに伝わってくる。
4曲目は『ゆめとうつつとまぼろしと』からフォーク・テイストの変化球のラブソング「すきにして」。5曲目の「箱船」は美しい歌メロとノイジーなギターサウンドが絡み合うエモーショナルな楽曲。この一筋縄ではいかない楽曲がどんどん投入される。それが百々和宏の楽曲の特徴であり、面白さ(深さ)でもある。6曲目は「ロックンロールハート(イズネバーダイ)」。『スカイ・イズ・ブルー』の収録曲で、百々和宏の代表曲だ。身体が燃え尽きてもロックンロールハートは死なないという表現の普遍性をうたった名曲。最後は中島みゆきのカバー「悪女」を披露。ニール・ヤング的なノイジーなサウンドアプローチが観客を圧倒する。中島みゆきの曲も百々和宏の手にかかるとオルタナティブ・ロックへと変貌する。
で、何がすごいって、7曲を歌い終えるあいだに、百々和宏は4杯のカクテル(出演者にちなんだカクテル3種類×1杯ずつ+1杯)を飲み干してしまったのだ。この酒豪っぷりに客席からはどよめきの声さえ上がった。楽曲はシリアスな雰囲気で観客を釘付けにし、MCでは飲みっぷりと毒舌で引き込む。80年代初頭の、まだ混沌としていた日本のライブハウス・シーンの匂いを百々和宏は現代に持ち込める数少ないミュージシャンなのかもしれない。それにしてもいろんな意味で、今回も「濃いイベント」が進行中だ。
フルカワユタカも貴ちゃんナイトの特殊性を示してくれた。彼は現在、全国ツアー中。全国ツアー中のアーティストがツアーとは関係ないイベントに出るケースは極めて稀。今回の出演を決めるまで葛藤があったことはフルカワユタカのMCから察することができたが、「すげえ楽しいですね! 百々さんや渡會くんと共演できて、最高でした! 呼んでくれた貴子さんに感謝します!」というコメントも。それどころか彼はこのイベントのためにFloor SEまで選曲した。ラジオパーソナリティとアーティストの厚い信頼関係がなければ実現しなかったレアなケースだ。
フルカワユタカはDOPING PANDA解散後、2013年からソロ活動をスタート。今日はスリーピースのバンドで出演。1曲目は「revelation」。「こんばんは。フルカワユタカです」という挨拶を挟んで2曲目「busted」へ。「僕はこう語った」「DAMN DAMN」「days goes by」と最新アルバム『Yesterday Today Tomorrow』収録曲を繰り出す。8曲目の「シューティングゲーム」、アンコールの「バスストップ」を合わせると、この日演奏された12曲中7曲が最新アルバムからの楽曲だった。加えて10曲目の「ドナルドとウォルター」は最新アルバムより後にリリースした楽曲。今日のステージはフルカワユタカの「今の気分」を強く反映したものになった。
そのなかでも印象に残ったのは本編最後の「ドナルドとウォルター」だろう。この曲はthe band apartの原昌和を迎えてレコーディングした曲で、フルカワユタカの新境地を示すポップなナンバーだ。その曲を本編最後に演奏したことで、音楽の裾野を広げようとする「これからのフルカワユタカ」の意思を感じた。百々和宏を迎えふたりで披露したアンコールの「バスストップ」も同様。エモーショナルなパンクロックからスタートした音楽性の変遷と自由なアプローチを獲得したフルカワユタカの現在地を知ることができた。まぁ今までもエモーショナルなパンクロックにアメリカン・ハードロックの要素をたっぷりと含ませ、独自性を追求してきたわけだけど。ほとんどの曲で披露されるエドワード・ヴァン・ヘイレンばりのギターソロはフルカワユタカのステージの見せ場になっている。
アンコールはthe band apartの荒井岳史と一緒に録音した「バスストップ」を百々和宏と披露。最後は渡會将士も入って、フルカワユタカ・バンドをバックに斉藤和義の「歩いて帰ろう」をカバー。ステージも客席も一体となって大団円。今回もいいイベントだった。渡會将士のポップな世界から、百々和宏流のブルースとロックンロールの世界へ。さらにエモーショナルなロックンロールをベースにしながら多様な音楽性を目指すフルカワユタカのステージへ。今日のイベントは三者三様。中村貴子が「ラジオで聴いてほしい3組」という気持ちが、渡會将士、百々和宏、フルカワユタカという3組を紡いだ。この日初めて「貴ちゃんナイト」にやって来た各アーティストのファンは不思議なイベントだと思ったかもしれない。なぜ音楽性のちがう3組が斉藤和義の楽曲で一体感を出せるのだろう、と。35年間、自分の好きな音楽を紹介しつづけてきたラジオパーソナリティとラジオというメディア、そしてその面白さを受け入れてきたリスナーの存在を考えれば、その疑問は簡単に氷解するだろう。それが「貴ちゃんナイト」の面白さなのだ。(森内淳/DONUT)
y’s presents『貴ちゃんナイト vol.11』
- 2019年2月16日(土)下北沢CULB251
出演:フルカワユタカ/百々和宏/渡會将士
MC:中村貴子 - セットリスト
- 「渡會将士」
- M1. Good Routine
M2. Vernal Times
M3. マスターオブライフ
M4. Weather Report
M5. コイコイ月見りゃSeptember
M6. Chloe - 「百々和宏」
- M1. 高架下の幽霊
M2. クラクラ
M3. ポテトフォーピープル
M4. すきにして
M5. 箱舟
M6. ロックンロールハート(イズネバーダイ)
M7. 悪女 - 「フルカワユタカ」
M1. revelation
M2. busted
M3. 僕はこう語った
M4. DAMN DAMN
M5. days goes by
M6. I don’t wanna dance
M7. Beast
M8. シューティングゲーム
M9. サバク
M10. ドナルドとウォルター - EN1. バスストップ
EN2. 歩いて帰ろう