がらくたロボット ヤマモトダイジロウの「1983」
第九話「Silent Face」
「よオ!」
聞き慣れた声、振り返ると、
あぁ、やっぱりだ。
その声は大男のでっかい声。
大男は目ン玉をギョロッとして、言った。
「よく来てくれたもンだ、待ってたんだよ
コレ飲みな、今夜は最高の夜だぜ!」
そう言って、楽しそうに笑いながら(何度も言うが、お決まりの笑顔でね)
甘い匂いのする飲み物をおれに渡し
フラフラの足取りで、
あちらこちらへ、会場中を這って回って行く。
まるでここに居る全員が友達かのように。
おれは、大男がくれた飲み物を左手に持って、これが一体何かわからないまま
「全く可笑しなヤツだ」
なんて呟きながら、渇いた喉を通らせ一気に飲み干した。
だんだんプカプカと浮いたような気分になってきて
呆けた面をして立っていたら、
急に、割れるような音がおれの頭の中を叩く。
熱帯びた汗がジリジリと湧き出で、
身体中の脈が激しさ増す。
なんだかとても悪い気分、
おれはトイレへと急いだんだ。
トイレの入り口のドアを勢いよく蹴り開け
中に入ると、
そこは、四方八方黄ばんだ壁に落書きばかり。
水道のパイプは赤く錆びついて
タイル張りの床には空のスプレー缶や使い切ったトイレペーパー。
そんなトイレにも絵というものは大体飾ってある、
くすんだ額縁に”Henri”という名が刻まれた花の絵が。
だけどその絵もおそらく巨人族から出たモノであろう汚物にまみれ
もうホント見るに耐えない。
おぉ、読者諸君よ、許してくれ。
頭の中に浮かんだ汚らしい言葉と一緒に
そこら中に全部吐き出してしまったこのおれを。
荒く乱れた呼吸を落ち着かせ、顔を洗い
蛇口から出る水はいつも以上に冷たく感じた。
ゆっくりと顔を上げると、
目の前に立っていた。
正確に言うならば、映っていた、と言おうか。
鏡の中に自分の姿が。
そう、おれは気付いたんだ。
そして、あの狭い部屋で目覚めてから
ここに来るまでの出来事を考える。
ラジオから聞こえてきた曲や、
カリカリのベーコン
映画館の前で見た人達や、
公園の子供達、
そして、ここハシエンダに居る巨人達……
鏡に映るおれが、静かに笑って言った。
「あぁ、おれ、日本人だったんだ。」
あとがき
今回もハシエンダ。だからファクトリー・レコードから。New Orderの『権力の美学』の「Your Silent Face」。よく考え事をする時とかに、ふとこの曲が頭に浮かんだりする。パンクロックは終わり、イアン・カーティスの死を越え、新境地に辿り着いた一枚。感情を越えた音楽ってのは耳で聞くんじゃない、自然と心に聞こえてくるもんなんだ。