カタヤマヒロキの「食べロック」
第6回:「クッキングパパと春吉な夜」
博多の春吉という街をご存知だろうか?
福岡県中央区に存在しており、天神や中洲に近く、昔ながらの飲食店も多い。
いわゆる「個性の強い下町」というやつだ。
数年前からこの春吉へたびたび訪れるようになった。
というのも、バンドのデザインをやってくれているSさんが、ここ春吉を愛し、実際に春吉に住んでいるのだ。
その為、福岡へ行くたびに春吉を案内してもらっていた。
何度か春吉を案内してもらい、春吉に滞在していると、どうもこれが居心地良いのだ。
まるで地元のように落ち着く、といった表現が近いかもしれない。
それは、きっと私の生まれ育った街が、温泉地である大分県別府市という、いわゆるディープな下町だったので、こういったディープな街に惹かれてしまう性分になったのだろう。幼少期の影響は大きい。
そんな「肌の合う街」春吉に、先日また訪れた。
というのも、ここ約10年間バンドのツアーで定期的に福岡へ行く機会があったのだが、バンドが止まってしまい、しばらく行ってなかった為に、それならば、と初めてツアーではなく、ふらっと1人で行くことにした。
なんというか、東京での生活に少し疲れてしまい、鋭気を養いたかったのだ。
「…よく来たねえ、待っとったよ。今回も色々と連れてっちゃんけん。」
そう言ってニヤリとSさん、そして福岡に住む友人たちと春吉で合流した。
「クッキングパパの109巻で春吉が特集されとうよ。」
うえやまとち先生の「クッキングパパ」109巻で、春吉に実在する店舗が紹介されている、とのこと。
実際に連れて行ってもらったことのある店と、まだ行ったことのない店があり、どちらも魅力的に描かれていた。
1軒目で紹介されている、餃子と手羽焼きのお店「旭軒」。今回は初めてここへ連れて行ってもらった。
ガラガラ、と引き戸を開けると、店内はカウンターのみで10席くらい。漫画そっくりなお母さん2人がテレビドラマを見ながら、慣れた手つきで餃子を包んでいる。
まるで、昭和で時が止まってるかのような空間。
「ご、ごくり」思わず唾を飲んだ。
メニューはいたってシンプルだった。
焼き餃子と、揚げ餃子
卓上にこんもり盛ってある手羽先
かしわ酢もつ
飲み物は瓶ビール、焼酎、日本酒…
まずは、瓶ビールをキュッと飲みながら、卓上にある手羽先に手を伸ばす。好きなだけセルフで食べなさい、とステキなスタイル。一本100円。
「わ、わはあ……。」声が漏れる。
冷えているのだが味が濃く染みていてビールと相性抜群。
作り置きなので、肉も少し硬くなっているのが、そこが良い味を醸し出していた。
ちなみに後ほど揚げ立てを出してくれた。もちろん美味しいのだが、この最初に食べた冷えた手羽先の方が記憶に大きく残っている。
そんなこんなしてると、焼きと揚げの餃子2種類がやってきた。
福岡名物の一口餃子
これもカリカリで、ヒョイ、ぽいっと何個でもいける餃子だった。可愛い奴をぽいぽい口に運ぶ。
特製ダレにゆず胡椒とラー油を入れて頂く。このタレも重要なポイント。
タレを付けなくてもしっかり美味しい餃子だが、べちょべちょにタレを付けて、ビールで流し込むと、そこに三途の川が見えた気がした。
「近くにあったら絶対通う」
このセリフを簡単に言う人は、きっと近くにあっても通わないだろうし、好きなものは遠くにあっても通うと思うので、あまり使わないようにしてる言葉だったのだが、思わず口から飛び出てしまった。
「ち、近くにあったら、オイラ、ゼッテエ通うな、エヘヘ。」
頬を赤らめて言うその様は、まるでかわいそうな子だ。
変な意地やプライドも真っさらにしてしまう、福岡の手羽先と餃子のパワー、参りました、へへえ。また、必ず来ます。
クッキングパパが次に訪れたのは「鉄板 好味」。
ここは以前連れて来てもらったのだが、まるで実家に帰って来たかのような暖かさがあり、お好み焼きはもちろん、ニラ玉が絶品だったのを覚えている。
ビジュアルがたまらない、ニラ玉だった。
漫画では、その後に「GEN×2」というライブバーへ行っている。
ここは今回はじめて訪れた。マスターの人柄が良く、格好いいライブバーだった。
ちなみに絵の後ろにいる方が恐らくマスター、漫画とよく似ていた。原作と同じくハイボールを頂いた。
この後、原作では角打ちのできる酒屋へ行き、地元のスーパーへ買い出しへ行く。この2つの店舗も今回は覗いてきたが、どちらも地元ならではの暖かさを感じた。
原作には描かれていなかったが、春吉にはまだまだ名店、迷店が沢山ある。知らないところも沢山あるだろう。
特に好きなのは、春吉へ行くたびに連れてってもらう「いずみ田」や、福岡ならではの麺の柔らかさが特徴の「弥太郎うどん」。
どちらも一口食べると「春吉へ帰って来た」と思える特別な味だ。
「次は、いつ、ここへ来ることができるだろう。」
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
今回の旅は、春吉以外でも沢山食べに食べて、飲みに飲んだ。真面目な話は少しにして、バカな話や近況を話してガハガハ笑った。
旅の最後に小雨降る、春吉の夜を歩いた。
夏が終わり、冬の足音が聞こえる。
時は無情にも過ぎていく。
例え、何もしなくても、次の季節はやってくる。
クッキングパパの岩さんが、そこにいた。
「オレ、これで良いのかな?この先どうなるんだろう。なんだか、ときどき凄く自分が嫌になるんだ。ときどき凄く怖くなるんだ。」
「んな女々しいことばっか言って、またナルシストを気取ってるんだな、お前は!」
「うるさいな。しょうがないだろ、こんな性格なんだから……。岩さんはいいよな、いつも元気そうで。」
「ま、落ち込むときもあるさ。そんなときは元気の出るものを食うことだ!!
オレたちはな、うまいものを食うと、気分だけでも元気が出るものさ!!」
翌日、福岡空港にいた。
昨日までの雨が嘘みたいに晴れていた。
「意味のないことなんて一つもないさ」
クッキングパパが、そう笑った気がした。
口に入れた瞬間BGM
「エレファントカシマシ/孤独な旅人」
※写真:カタヤマヒロキ私物/引用: 講談社「クッキングパパ」
エレファントカシマシ「孤独な旅人」