カタヤマヒロキの「食べロック」
第7回:「毛深いロックスター」
先日、27歳になった。27歳というのはミュージシャン、特にロックミュージシャンにとって特別な年齢だ。
というのも「27CLUB」という言葉があり、27歳で死亡したミュージシャンが多いのだ。
ジム・モリソン、ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、カート・コバーン、エイミー・ワインハウス……。
数年前から頭の片隅にあった27歳になってしまった。
この27歳という年齢も365日で過ぎ去っていくのだが、妙に感慨深い年齢だった。
「今まで自分は何かを残せていたのだろうか」
「いいや、何一つ成し遂げてないじゃないか」
そんな自問自答を繰り返す日々。
まだ死ぬ訳にはいかない。
生きろ、おれ。
そして、エネルギーを消費するのだ。
その為に、カロリーを摂取するのだ。
そうだ、こんな時には、旨いものを食べよう。
27歳になって、真っ先に食べたいものを考えてみた。
エネルギーと言えば、肉だ。
好きな食べ物は?と聞かれたら、やっぱり肉と答えている。
単刀直入に肉が好きだ。
肉にしよう。
ステーキ、焼肉、生肉…ジンギスカンというウルトラCな裏技もある。
いや、寿司も良いな。
最近食べていなかった。
やっぱり寿司だ。
寿司はいつだって食べたい。
寿司は幸せだ。
寿司にしよう。
いや、待てよ。
………………
はてさて、どうしたものだろう。
こういう風に何かピタリと来ない時は日常でも多々ある。こんな時はじっくり自分と向き合うしかないのだ。
創作だって、なんだってそうだ。
じっくりと考えて、悩んでピタリとパズルのようにピースがはまった時が気持ちが良いのだ。多幸感に溢れるのだ。
落ち着いて考えようとしたその瞬間、ピリッと頭に赤い光が射した。
完全にパズルの最後のピースがスローモーションでゆっくりとはまっていった。
奴の存在を忘れていた。
……カニだ。
カニの存在を忘れていた。脳内にカニが一匹、カニが二匹、カニが三匹……と横歩きを始めた。
カニなんて、しばらくちゃんと食べていない。
滅多に食べる機会のない、カニ。
特別なときしか食べられない、カニ。
まるでロックスターのような、カニ。
キラキラと輝いていて、特別な存在だ。
カニカマや、寿司のカニではない。缶詰めのカニでもない。居酒屋にある、カニ味噌甲羅焼きでもない。
ぷりんとした肉厚の身、筋肉質な繊維、少量でも味の濃厚な、とろける旨さの、あの「カニ」をダイナミックに食べたいのだ。
そこからカニを食べるまでの記憶は曖昧だ。
景色がまるでモノクロのようにくすんでいた。気が付いたらカニ専門店にいた。
先付けは大根のカニあんかけとほたるいか
飲み物は、瓶ビールのヱビス。
普段はサッポロかアサヒが多いのだが、久し振りに飲んだヱビスも、もちろん旨かった。
カニといくらのサラダ
刺身二点盛り
彼らも素晴らしかったのだが、焦らしに焦らされて絶頂寸前。早く、あのロックスターに会いたい。
客電が一斉に落ちて、観客の声が聞こえる。
SEが鳴り、そしてとうとう登場した。
毛蟹の姿盛り
興奮した気持ちを押さえて、丁寧に身を殻から取り、まずは何も付けずに口へ運ぶ。
『タンッ!』
その瞬間、The Doorsの「ハートに火をつけて」の始まりで印象的なスネアドラム『タンッ!』という音が鳴り響いた。
そしてテーテレテーテーとイントロが流れ始めた。
モノクロのようにくすんだ、まるで、まぼろしの世界が、一瞬にして光を取り戻したのだ。
きっと、口に入れた瞬間に、あのタンッ!が鳴ることは、しばらくないだろう。
それからカニ酢につけたり、塩をつけたりとむしゃむしゃとカニを頬張った。
写真に写っているカニ味噌も重要だった。
少し辛くて苦くて、濃厚で、ねっとりとクリーミーな甘さが口に溢れた。
日本酒は詳しくないのだが、酔鯨を選んでカニ味噌と合わせて、ちびりちびりとやった。
カニの天婦羅
〆のカニ雑炊
幸せな気持ちで店を出た。
外にはハロウィンシーズンという事もあり、仮装して騒ぐ人々がいたが、全く憤りを感じなかった。
カニは間違いなく、ロックスターだった。
毛深いロックスターだった。
「今まで自分は何かを残せていたのだろうか」
「いいや、何一つ成し遂げてないじゃないか」
だからこそ、まだ生きていられる。
ハートについた火はまだメラメラと燃えさかっていた。
The Doors – Light My Fire