カタヤマヒロキの「食べロック」
第8回:「It’s Only 居酒屋(But I Like It)」
先に言っておくと、今回のお店の名前や詳細は伏せておこうと思う。
おじさんが、一人で、こじんまりと営業している居酒屋で、正直に言うと特筆するようなとんでもメニューがある訳じゃない。
価格も安くも、高くもない。
ふつー、なのだ。
特別でもなんでもない、なんてことない小さな居酒屋なのだが、なんと言うか、居酒屋に求めるものが『すべて、ある』。
この感情を言葉にすることは中々難しいのだが、ニュアンスがなんとなく伝わってくれれば、いいな。
とは言え、今月のコラムの結論は冒頭の数行で書いてしまった。
なんてことない、いわゆる『ふつーの居酒屋』なのだが、居酒屋に求めるものが『すべて、ある』。
今月は呑兵衛じゃない人には、ちんぷんかんぷんな話かもしれないが、居酒屋が好きな人にはわかってもらえると思う。
居酒屋に求めるものは、一体なんだろうか。
味のクオリティの高さ、お店の雰囲気、価格帯、コスパの良さ…
今回は、初めてそんなことを考えるキッカケとなったお店だった。
“たかが居酒屋じゃねえか”
そう言わず読んでみてほしい。
少し前に引っ越しをして、新しい街を歩いていた。
こぢんまりとしたお店が多く、好きな街になりそうな予感がしていた。
家の周りをとぼとぼ歩いていると、妙に雰囲気のある昔ながらの一軒の居酒屋。決して綺麗ではない、年季の入ったのれんが小さな入り口にかかっていた。
看板も、白バックに黒字で店名だけがシンプルに書かれたもので営業中は光を灯していた。
のれんのすき間から、店内を覗くとカウンターと小上がりが少しだけある様子。こぢんまりとした店内は、いつも満席状態で、外からでも賑わっているのが窺えた。
ひと目見ただけで、街に根付いた居酒屋と分かった。
地元の人に昔から愛されているお店なんだろう。
「う~ん、でも……」
すぐにでもそのオアシスに飛び込みたかったが、あまりにもオーラが出ているお店で、お店に入るのを躊躇していた。
外にメニューも出てない、ネットに情報もない。常連さんばかりの空間に飛び込むのには、人見知りな私には少し勇気が足りなかった。
そのまま数ヵ月が過ぎた、ある日。
近くに住んでいる先輩が例のオアシスに飛び込んだ、との話を聞いた。
「〇〇って店、この前行ったんだよね」
「ずっと気になっていたんですが怖くて入れなかったんです……どうでした?」
「ククク、ちょっと今から行ってみるか?」
ガラガラ……
小さな引き戸を開けると、ふわっと暖かい空気に包まれた。
カウンターが4席くらいと小上がりが2席の店内。雑多にキープボトルが100本くらい置いてあり、カウンターには大皿の煮物などが並ぶ。
カウンターで常連さんが楽しそうにわいわい話していた。ガヤガヤではなく、わいわい、と。
大将は人柄の良さそうな、おじさん。口数は多くないが常にニコニコとしている。
小上がりに座って、瓶ビールを注文。
アサヒの中瓶がキリッとシュワっと旨い。
料理も注文したいが、メニューはない。
いや、ないというか、一応壁におしながきは貼ってあるのだが、かなり黒くなっており、果たして現在そのメニューが通用するのかは、わからない。
連れてってくれた先輩が以前、唯一食べたという『酢の物』を注文。
「あいよっ」
大将が小気味良くトントンと作ってくれた酢の物は、白身魚やタコ、そして貝類のお刺身がたっぷりと入っており、大葉やミョウガが散らしてあった。
カウンターに並んだ大皿の煮物を適当に見繕って出してもらった。
ここら辺りで焼酎のボトルをキープして、このオアシスの仲間入りができたような気がした。
恐らくお会計は大将のどんぶり勘定だった。
ただ、店を出た時の『満足感』はかなり大きかった。
そして、これは後日談だが、たまたまとあるミュージシャンの先輩から、こんな話を聞いた。
「おお~、〇〇! そこ、10年くらい前によく行ってたよ! 知ってるか? 〇〇は……すき焼きが美味いんだぜえ……」
すき焼き……ごくり……。
次に行った時に頼んでみた。
冒頭でふつーなどと書いたが、ごめんなさい、訂正します。料理は明らかに美味しいです。
その美味しさ、というのがどれも思いが込もっているような、そんな暖かさを感じるのだ。
居酒屋に求めるものは、一体なんだろうか。
味のクオリティの高さ、お店の雰囲気、価格帯、コスパの良さ……
もちろんそれを踏まえてだが、お店を出た後に得ることのできる満足感、『満たされた』という気持ち。これが大事だと気付かされたお店だった。
かの、ストーンズは言った。
“たかがロックン・ロールじゃねえか”
“でも俺はそいつが好きなんだ”
そして、呑兵衛は言った。
“たかが居酒屋じゃねえか”
“でも俺はそいつが好きなんだ”
……大将!もう一杯っ!
The Rolling Stones – It’s Only Rock ‘N’ Roll (But I Like It)