平田ぱんだのロックンロールの話
第42回:ザ・ホワイト・ストライプス『THE WHITE STRIPES』
第42回を迎えた平田ぱんだのロックンロールの話! 夢の90年代のロックンロールファーストアルバムの話も今回で終わりだ! 次回からは我が青春の00年代のロックンロールファーストアルバムの話にうつる。書くのがとても楽しみだ!
そんな90年代の最後に紹介するロックンロールファーストアルバムは、久々の外国人のやつだ!
なにぃ? あれだけ人生鋭利影響バンドだと散々ここでも宣ってきた90年代デビューの雄ザ・ピロウズは扱わないのか? だとぅ? 馬鹿野郎! 当たり前だろ! なんせここはロックンロールファーストアルバムを紹介する縛りなんだからな! だってピロウズのファーストアルバムって『MOON GOLD』だぞ? あれでピロウズ語れる奴は、この世にはいないっていうか、いたとしたら絶対に完全なマヌケだ。
こんな感じの同じような理由で家にCDが沢山あるくらい好きだけどファーストアルバムで語るのは無理があるからやめたロールバンドは、他にもプライマル・スクリームやRadiohead、スーパー・ファーリー・アニマルズなんかがいるぞ! だがなあ、「スピッツまで扱っておいてピロウズを扱わないのは流石に人生的におかしい!」と一応は思って、例えば『Fool on the planet』をファーストベストアルバムだからファーストアルバムだ! とかって言い張って書くとか、『LITTLE BUSTERS』が90年代USオルタナとの邂逅を経て、現在のサウンドスタイルの確立へと繋がる最初の扉アルバムだからファーストアルバムだ! とか言って無理やり書く、とかも考えたは考えたんだけど、結局やめました。
その理由のひとつとしてもうピロウズがけっこうなレベルで身内ロールバンドとなっているからってのがある。距離がかなり近い、つまり相当書きづらい。なんせ本人に読まれる可能性が多分にあるからな。そんなのはきっと「互いに恥ずかし乙女」になってしまうに決まってるじゃないか! そんな状況は想像するだけでゲロだ! だからやめたんだ。日本人は日本語が読める、これは本当にネックだな。その気になれば本人が読むことができてしまうだなんて、なんて恐ろしい話だ! そういう意味で今回みたく外国人ロックの話をするのは気楽だな。まったくなんの気兼ねもない! 生涯会うこともないだろうし、なによりもあいつらは日本語が読めねえ! 好き放題書けるって寸法よ! ここんとこ日本ロックのことばっか書いてたから、これはなんて解放指数がだだ上がりなんだ!
ちなみに、こっからしばらく外国ロックの話が続くから。何故ならば、我が青春の00年代前半は世界レベルのちょっとしたロックンロール黄金時代だったからだ! あの頃はよかった。毎月毎月新譜情報チェックしまくってCD買いまくってた。そんなプチロックンロール黄金時代の、その最初の狼煙、今回紹介するロックンロールファーストアルバムはそんなやつだ。それは世紀末1999年に密かにアメリカはデトロイトから発せられた!
つーことで今夜紹介するロックンロールファーストアルバムは、こいつだ!!!
ザ・ホワイト・ストライプスの『THE WHITE STRIPES』。
だ!!!
なーにぃ? ホワイト・ストライプスもファーストアルバムで語るのは無理があるんじゃないか? だつてぇ? いや、全然そんなことはないぞ、この頃ホワイト・ストライプスがただ売れてなかっただけで、根本的なスタイルは解散するまで変わっちゃいねえ。そういう意味ではホワイト・ストライプスが、ロックンロールが、世界流行的に死に絶えまくってる90年代最後の年に、ひっそりと密かにアメリカの片隅から、このファーストアルバムをリリースしているのは、はっきりと僕たちの勇気だ。ホワイト・ストライプスが世界的に売れるのは、2001年に発売されたサードアルバム『ホワイト・ブラッド・セルズ』の登場以降の話だし、本当の意味で世界的な人気を獲得するのは、それの日本盤が発売される02年以降の話だ。
初期のホワイト・ストライプスは完全なデトロイトのアングラガレージバンドでしかなくて、実は初来日が00年のことで、しかも場所が今は亡き「新宿JAM」だなんて面白話もあるくらいだからな。新宿JAMだぞ? あの新宿JAM! あんな新宿の場末の天井低くて汚くて暗くて狭いアングラロックライブハウスで、21世紀初頭の最大のロックンロールアイコンのひとつとなるバンドが初来日でかましてたことがあるなんて! まったく信じらんにゃーぜ。しかもなんかよくわかんないガレージロックのイベントで他のマイナー東京ガレージロックバンド4組との中の1バンドとしての出演で、当日のお客もなんと15人くらいしかいなかったと伝え聞いている。凄まじい話じゃないか。
そんくらいホワイト・ストライプスはこのファーストアルバムの頃はガレージロックマニアの間だけでちょっと名が知られてる程度の存在で、のちに00年を代表する名盤をグラミー賞3作連続受賞するほどのセールス評価と共にワールドクラスのビッグスターになるなんて、当時は誰も想像できなかったらしい。今じゃ00年代を代表するロックスターっつったらまずホワイト・ストライプスのギターボーカルのジャック・ホワイトの名前があがるくらいだ。00年代唯一の史上最後のギターヒーローとしてもその名が真っ先に上がるし、00年代ナンバーワンロックンロールアンセムは誰がなんと言おうとホワイト・ストライプスの「セヴン・ネイション・アーミー」だ。人生、わからんもんだ。
The White Stripes – ‘Seven Nation Army’
同じような事例だと1997年にファーストアルバムを発売したスウェーデンのTHE HIVESも当時はガレージパンクオタクの間でだけでちょっと有名くらいの存在だったけど、01年以降のプチロックンロール黄金時代にのっかってワールドメジャークラスの人気バンドになる、みたいな話があるな。つまるところが世間の評価なんてもんは結局時代次第だということだ。そんなだから、なんとなくホワイト・ストライプスはサードアルバムからって感じになってるっちゃなってる。でも全然そんなことはないんだ、このファーストアルバムを聴けばわかることさ! ただ売れてなかっただけ、時代とシンクロしてなかっただけ、ただそれだけで基本的にホワイト・ストライプスは変わっちゃいねえ。売れてからほんのちょっぴり制作にかける時間がかかるようになったらしいってのと、ほんのちょっぴりモダーンであることを意識するようになったような気はしなくもない。くらいの些細なもんだ、変化といった変化は。
ギターボーカルであるジャック・ホワイトの「その時代その時代でどういった形で鳴らせばブルースが最も輝くのか」という探求の姿勢はずっとぶれてない。例えばこのファーストアルバムの2曲目の「Stop Breaking Down」は、かの有名な伝説ブルースマン「ロバート・ジョンソン」のナンバーのカバーだが、これとかほんと90年代末期のデトロイトでやったからこそ!って感じのビート感が出ているじゃないか。このナンバーを有名にしたのは、かのローリング・ストーンズの72年発売の名盤『メイン・ストリートのならず者』 内でのカバーバージョンだが、そのバージョンと聴き比べてみると、それはより顕著となる気がする。ジャック・ホワイトは当時ストーンズのバージョンを聴いたことがなかったらしいので、それと違う風にしてやろうって意図はまったくもってなかったらしい。
ホワイト・ストライプスのバージョンはとっても90年代末期のデトロイトの風を感じる、気がする。そう、ホワイト・ストライプスのファーストアルバムが他のホワイト・ストライプスのアルバムと違うところは、この「デトロイト感溢れる近代ガレージギンギンテイストむんむん」なところだ。デトロイトという街の名を聞いて真っ先に思い浮かぶワードは「犯罪シティー」だ、80年代のアメリカ映画をテレビでみて映画の世界にはまった僕みたいな人間にとっては、まずそれだ。とにかく危ない街! 巣窟オブthe不良! 超ロボコップが必要! みたいなイメージ。全部映画のせいさ。
現在のデトロイトは市が財政破綻したかなんかで、ほとんど廃墟のゴーストタウンみたくなってるらしいね。近年久々のアメリカンホラー映画の当たり作品となった『ドント・ブリーズ』 がそんな現在のデトロイトの住宅街が舞台だったよね。だからあの映画の中では住宅街で深夜銃をぶっ放しても周辺廃墟で誰も住んでないから誰にも気づかれないんですっていう巨大密室効果が生まれてて、ホラー映画的に中々いい舞台着眼点だなと思ったよ。
で、その後大人になって音楽好きになってからは、「デトロイトっつったら革新的な音楽の街!」って印象にもなったよね、そしてやっぱりその音楽群も幼少からのイメージ通りどっか不良なんだ。パンクロック発祥の地と言えなくもない! つまるところがMC5とストゥージズ! デトロイトの危ないロックンロール! ホワイト・ストライプスはそういったデトロイトに脈々とつづく、危ないアンダーグラウンドロックンロール界のホープだったらしい。デトロイトの先輩ストゥージズのセカンドアルバム『ファン・ハウス』がロール史上最強のアルバムだ! という発言をジャック・ホワイトがしているほどの地元レペゼンっぷりらしいぞ!
そしてデトロイトっつったらガレージパンクよりも先に忘れちゃならねえ、「モータウン・レコード」生誕の地でもあるよな。60年代前半に、ビートルズに唯一対抗できたアメリカの勢力! モータウン! 一言で言うと「ギンギンのブラックのノリについていけない白人たちにもわかるポップで楽しいソウルミュージック」をウリにしてたレーベルだ。ステーヴィー・ワンダーもマーヴィン・ゲイもダイアナ・ロスもマイケル・ジャクソンも、みんなみんなモータウン出身だ! どうだすごいだろう? そう、デトロイトはほとんど黒人の街らしいからブラックミュージックがとっても盛んなんだ。ギンギンにブギでワルなブルースの代表格ジョン・リー・フッカーもデトロイトだ! 70年代くらいにブイブイいわすあのPファンクもデトロイトだ! 80年代くらいにはデトロイトテクノとかっつってテクノも強くなったらしいし、90年代はヒップホップがギンギンに天下をとってて、あの白人初のヒップホップスター、エミネムを輩出したほどだ! とにかく代々ギンギンなミュージックシティーだデトロイトは。
そんな環境の中で「自らが最強の音楽と崇めるブルースを世界一かっこよくギンギンに鳴らしてやる!」っていう気概を感じるこのファーストアルバムからは。それもBECKやジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンみたくヒップホップとかテクノロジー系の混ぜ物一切なしの人間裸一貫ブルースで、だ。僕は長い人生で色んなロックライブを拝見したことがあるが、ギンギンという一点に魅力を絞るならば、ホワイト・ストライプスが圧倒的にナンバーワンだ! 2回しか見たことないけど、あんなギンギンなもんはもうお目にかかれないとすら思ってる。なんせホワイト・ストライプスはもうこの世にないし、やる気もないらしいからな。
どれくらいギンギンだったか、というと、この私が当時ローリング・ストーンズの来日公演を蹴って、ホワイト・ストライプスの来日公演を観に行くことを選んだくらいだ! どっちも行けばよかったじゃんかってかあ? 馬鹿野郎! そんな金がどこにあったか! その当時おらいは、遠く東北の片隅、山形の大学生でしかない、しがない存在だったのだ。月に2回もケチらず、ロックライブを東京に見に行く財力は、残念ながらなかった。待ちに待ったローリング・ストーンズの来日だったのに! その前の来日は2002年の40周年記念ベストアルバムのタイミングでの来日だった! その頃はローリング・ストーンズなんてさっぱり興味がなかったし、何より高校生だから、東京までライブに行こうっていう発想自体がなかった! その直後、ストーンズを好きになったから、もう少し早く目覚めていればってモヤモヤしてた! それから4年! 2006年3月! 今度はニューアルバムを提げての待望の来日だった! ついにローリング・ストーンズが生で見れる! やった! やったぞー!って思ってたら、ホワイト・ストライプスの2006年1月に予定されていた来日公演が、ジャック・ホワイトの体調不良で3月に延期されたのだ! 僕は迷った! だが、ホワイト・ストライプスをとった! それは間違ってなかった! 絶対にその時見るべきだったのは、今でもホワイト・ストライプスだったと思ってる! でもネームバリュー的にも田舎の坊やが、よくぞあの時ホワイト・ストライプスの方を選んだと自分で自分を褒めてあげたい。だってもう一回見たかったんだもん!
初めて見たのは、2004年のフジロックの3日目のグリーンステージで、だ! 初めて行ったフジロック! 3日間晴れてた! 3日間通し券のみ販売という唯一の年だったから、人も少なくて快適だった! 今まで行ったロックのフェス、ロックイベントの中であれより楽しかった体験ははっきり言って、ない! それはフジロックに初めて行ったからではない! あの年はマジでダントツで楽しかった! 晴れていることと人が少ないことがあれほど重要なことだとは、のちに知ることになる! PJハーヴェイ、ピクシーズ、ベースメント・ジャックス、忌野清志郎、ヤー・ヤー・ヤーズ、あたりが特に楽しかったおもひで。
で、若さに任せて3日間全力で遊び倒して最終日のホワイト・ストライプスの出演時間の頃にはもうクタクタだった。死にそうになってた。この日のホワイト・ストライプスはこの日の事実上のヘッドライナーだった。開催2週間前にヘッドライナーだった元スミスのモリッシーがまさかの直前キャンセルを発表して、繰り上げになったんだ。トリはスミスのコピーバンドだったけど、ヘッドライナーはホワイト・ストライプスだった。で、それが一番すごかった、3日間見た中で一番すごかった、他のアクトはとっても楽しかった!って感じだったけど、ホワイト・ストライプスは、もうすごかった! ギンギンという表現の最も似合う情景を、生まれて初めて見たくらいすごかった。僕と違うところで座ってのんびりそれを眺めていた当時「パンクロック大好き! ランシド最高!」みたいなことばかり言ってた僕と音楽趣味が微妙に合わない知人女性も「すごすぎて立ち上がって見てしまったわ!」って言ってたくらいだから、誰がどう見てもわかるくらいギンギンにすごかったってことだ! それまで僕はそこまでホワイト・ストライプスのファンじゃなかったんだけど、このライブで一気にファンになった!
06年はホワイト・ストライプスの単独来日だ。『ゲット・ビハインド・ミー・サタン』っていう、まさかのジャック・ホワイトがほとんどギターを弾かないという異色のアルバムだったけど、それでも名盤ですごかったから、すごい楽しみにしていたんだ。そりゃホワイト・ストライプスを選ぶわ。それくらいあの日見たホワイト・ストライプスのライブはすごかったんだ! そうだ、だからこのファーストアルバムでも十分ホワイト・ストライプスの魅力は伝わるんだ! なぜならばホワイト・ストライプスは、ライブがすごいからだ! たったふたりで織り成すモダンブルースアートエクスプロージョンだ! さっきからすごいすごいしか書いてなくて、完全に頭が悪いけど、うるせえ、知るか、すごいっつったらすごいんだ! でもそれではあまりにも不親切だから、その内約を少しばかりは話そうか。
何がすごいってまずギターがすごかった。プレイもすごいんだけど、まず最初に普通に音がすごい。あんなギンギンなギターの音はあれ以来一度もお耳にかかったことはないくらいすごい。あれは生で聴かないとわからないと思う。YouTubeとかで、ホワイト・ストライプスの映像を見て、それをわかった気でいるのは哀れなくらいすごかった。映像ではプレイの凄さはわかっても、単純な音の凄さは永久にわからない。空間を切り裂いて鼓膜とポコチンをギンギンに攻めてくる、あのジャック・ホワイトの稲妻なギター音は、デジタルの0と1じゃ絶対に再現不可だ! 僕はホワイト・ストライプス以外でジャック・ホワイトのステージを、ラカンターズで一回とソロで一回の計2回みているが、あのホワイト・ストライプスの衝動衝撃ギター音には全然及ばなかったな。
特にラカンターズなんてコレジャナイ感がすごかった。今はもう違うかもしれないけど、あの時ラカンターズがファーストアルバムを出して1回目の来日のフジロック06で僕は初めて現在のバンドメンバーとフジロックに遊びに行ったのだが、その際、僕はみんなに「ジャック・ホワイトはすごい、ジャック・ホワイトはすごいんだ! 楽しみにしてろよ、すごいんだ!」って言いまくってみんなを連れて行ったのに、ラカンターズのジャック・ホワイトがホワイト・ストライプスと全然違くて、みんなも終わってから「ジャック・ホワイトだけ異様に声でかかったね」ってくらいしか感想いってなくて「ち、ちがうんだー!!! 僕の言ってるジャック・ホワイトはあれじゃないんだー!!!」って、すごいなった思い出。そう、ラカンターズはバンドなんだよね、ドラム、ベース、ギター、ギターの4人編成の。ジャック・ホワイトのソロなんて、楽器人数もっと多めのバンド編成だ。だから違うんだ。
ホワイト・ストライプスはギターとドラムだけの2人組デュオで完全にステージをたったふたりだけでやるから違うんだ。何が違うってホワイト・ストライプスだとジャック・ホワイトが何にも気を使わずエネルギー全開放状態なんだよ。遠慮一切なし! やりたい放題! バンドだと他の人たちと呼吸とか音色とか音量とか周りと色々合わせなきゃいけないからね。ひとりの人間のやりたい放題にバンドが臨機応変にその場のテンションのみでガッツリあわせるなんて至難の技だからさ。だから大体普通は基本的にノリはドラムにあわせて、もしも歌モノだったらボーカルを立たせるって感じのサウンドメイキングスタイルにするよね。その点ホワイト・ストライプスは違う。完全にドラムのメグ・ホワイトがギターボーカルのジャック・ホワイトに合わせるシステムなんだ。そうだ、メグ・ホワイトの存在が違う。メグ・ホワイトがジャック・ホワイトに呼吸を合わせる寄り添いロックスタイルという点がホワイト・ストライプスのみに存在する決定的な魅力だ! ふたりだからこそ成り立つロール世界だ! あれは3人では成り立たないぞ、あくまでもふたりだけだ、そうホワイト・ストライプスは「ふたりのビッグショー」なんだ!
ギターボーカル、ジャック・ホワイト! ドラムス、メグ・ホワイト! 苗字はふたりともホワイト! 設定上は姉弟ってなってるけど、実際は元夫婦! ふたりとも色白で鼻筋通っててクリッとしてるけど丸い顔でぽっちゃり体型で、なんか似てるっちゃ似てるから、姉弟って普通に信じちゃうけどタブロイド紙がすっぱ抜いたところによると、元夫婦で確定らしい。ジャックがメグの姓を名乗ってるらしい。でも頑なに姉弟であると言い張ってたな当時、最後までステージでジャックはメグを「マイシスター」って紹介してた。なんせホワイト・ストライプスは設定とかがすごい大事だからな。他にも赤と白と黒しか服を着てはいけないとか、スタッフもみんなスーツとか着なきゃいけないとか、なんか色々設定がある。全ては制約の中でこそクリエイティヴは輝くんだという思想からそうなってるらしいです。他にも録音にはコンピュータは使わないとか色々あるしメンバーがふたりだけってのもそのための制約らしいです。
この辺のことは『アンダー・ザ・グレイト・ホワイト・ノーザン・ライツ』っていうホワイト・ストライプスの2007年の北米ツアーを追ったドキュメンタリー映画のDVDで珍しくジャックの口から色々語られてるから、ファンなら絶対見た方がいい、あれ。ふたりの普段の関係性とかわかったりとか色々と面白いから。特にギターのピックは落としたらステージの一番後ろまでわざわざ取りに行かなきゃいけないようにしているって発言が地味に面白かった。そうすると絶対にピックを落とさないぞ!っていう集中力が生まれるんだってさ。そういう制限を自らに課せることで表現を加速させる方法を常にとっていたらしいよホワイト・ストライプスは。
んで、このふたりが元夫婦だったってのがホワイト・ストライプスの呼吸を合わせる感じに絶妙なエロス感が出る要因になっているのは間違いないよな。そうだ、ホワイト・ストライプスのライブはセックス的なんだ。しかも荒々しいセックスだ。見ての通り聴いての通り、ジャック・ホワイトは激しい男だ。オラオラだ。ご存知の通りエレキギターとはポコチンを模した楽器だ。否定は許さない、絶対にエレキギターのあの形はポコチンを模している! つまりジャック・ホワイトの激しいポコチン弄りにメグが一生懸命合わせてるってわけだ! ジャックの激しいポコチンを一生懸命に受け入れている! だから曲のテンポや展開が変わるタイミングなどでジャックがメグのドラムの前に行ってふたりで呼吸を合わせてプレイする様はとてもスリリングだ! ジャックがポコチンを激しく弄りながらメグを求める! メグのスネアを! メグのシンバルを求める! あの瞬間に僕たちは人間の本来あるべき姿、その美しさを垣間見る! そのためにメグのドラムの前にはジャック用のマイクまで設置されている! あの向かい合って高め合う場面! 何度見ても最高だ! 正に合体! 人と人との、男女の、完璧な合体の様! 激しい興奮の図! この身の好みの熱高まる!
そしてメグはどうみてもそんなに激しいタイプの女性ではないってところがいいよな。ジャックが当時から現在に至るまでメグが普段全く喋らないのがホワイト・ストライプス最大の不満だと述べているくらいだから相当だ。メグは見た目は大人の女性で角度によってはおばさんっぽく見えなくもない。だが中身が幼いような感じもしなくもない。大人と子供を同時に同じところから発してるような不思議な魅力がある、メグには。そんなメグがステージでは一生懸命ジャックについていく。ジャックの音にアクセントをつける。つまりジャックのお世話をしている! 見方を変えれば献身的だ! 好きだ! 結局男の好きな女性ってのはなんやかんやで自分の世話を一生懸命してくれる女性だからな。だから当時僕はホワイト・ストライプスのライブを見たあとは、決まってメグのことが好きになっていたね。2回見て2回ともさ。「将来、メグと結婚しよう!」って思ったもんさ。でもメグはアメリカ人だし日本語喋れないし、その結婚生活は絶対にうまくいかない! ということで、すぐに諦めたがね。ステージ上の人との結婚を考えたのは後にも先にもメグだけさ。
メグがジャックに好き放題やらせてあげて、それに頑張ってついていくからホワイト・ストライプスは成り立つんだ。それくらいメグのドラムの役割は徹底してジャックのサウンドにアクセントをつける役割だ。ドラム本来の役割であるリズムキープというよりか、いかにジャックのテンションに合わせてドラムを打ち鳴らすか、なんだ。だからホワイト・ストライプスの楽曲は9割くらいジャックのギターから始まる。ジャックのギターに合わせてメグがドラムを叩いて初めて、あのスリリングが始まる。おかげでジャックは何にも遠慮しない。あの恐ろしいくらいの稲妻爆音ギターを弾き倒して、ギンギンに歌唱して、自身の持つ全てのミュージックエネルギーを開放できちまう。もうその様はただ単に爆発だ。爆発でしかなかった。
そんな最初の記録がこのファーストアルバムだ。最初から最後までホワイト・ストライプスはジャック・ホワイトとメグ・ホワイトのふたりの世界だ。完全な「ふたりのビッグショー」だ。だから尊かったんだ。
ホワイト・ストライプスの残した録音物は全作品マストだ。何故ならばホワイト・ストライプスでしかないからだ。ホワイト・ストライプスの「ふたりのビッグショー」サウンドしか最初から最後まで鳴っていないからだ。ホワイト・ストライプス以降売れた2人組ロールバンドは幾多も現れた。ブラック・キーズなんか滅茶苦茶売れたし、近年でもロイヤル・ブラッドとかも中々売れた。だがホワイト・ストライプスのエキサイティングなスリルとエロスと感動に到達した「ふたりのビッグショー」サウンドは未だこの世界のどこにも現れちゃいない。
2回も生で見れて僕は本当にラッキーだった。そのせいで現在のジャック・ホワイトのソロもラカンターズもデッド・ウェザーも楽しみきれない。ホワイト・ストライプスは最高だった。ライブを見れば誰にでもわかることだ。でももう多分見れる日は来ない。こないだついにジャック・ホワイトが、「ホワイト・ストライプスなんか生涯やらねえ、だってやる必要がねえもん」って言い切ってしまったからな。「ホワイト・ストライプスなんて99パーセント、俺が音楽もコンセプトも作ってたし、ソロでやってんのと同じだもの。ホワイト・ストライプスの方がよかったとか言ってる奴は、ただ単にレッテル貼り野郎なだけ」だそうだ。馬鹿野郎! そういう話じゃねえんだ! おめえは何にもわかっちゃいねえな! いや、本当はわかっているくせに! このいけず!って感じではある。まあ、きっとはずみで発言しただけだろう。別に再結成して欲しいわけではないんだけどな。
ホワイト・ストライプスは2007年にラストアルバム出して活動休止して、そのアルバムの途中でメグが「人前に出ると死んでしまいます病」にかかってツアーが中止になって、日本には来れなくて、活動休止して。結局2011年に正式に解散表明出したけど、その時の文句が「ホワイト・ストライプスを頂点の最高な地点のまま保存したいから今終わらせます」って感じだったはず。ちげえねえ言い分だ。ホワイト・ストライプスって数少ない「ラストアルバムに傑作作ってちゃんと終わったバンド」のひとつだもんな。永遠に再結成しないで欲しいわ。だってリバティーンズなんか2015年に再結成してクソみたいなアルバム出して失敗したもんな。俺の青春を返せ状態になったよほんとあれは。そうじゃ、伝説のままにしといた方がいいんじゃ、ロックバンドなんてもんは。ワシの思い出の中で大きくあってくれればいいんじゃ。マジほんと最高でした! ホワイト・ストライプス! 大好きでしたー!
そんな感じで終わるか。
なんやかんやラカンターズの新譜楽しみだなー。
とは思いつつも。
メグって今何してんだろーなー。
とかも思いつつも。
兎にも角にもホワイト・ストライプスは全作品マストってことだけ覚えておいて貰えばオッケー。人間の人間による人間の爆発極地サウンド、爆音でヨロシク! みたいな。
つーことで、次回から我が青春の00年代に突入します。
まず紹介するロックンロールファーストアルバムは勿論アイツらのアレです。
ふっふっふ、普通にいくぜ! お楽しみに!
ではな。
The White Stripes – I Fought Piranhas