但野正和の「闘いはワンルームで」
第19回:「俺にとっては永遠のスーパースター」
2月10日
目は覚ましたものの、寒すぎて布団から出れずにウトウトしていると、伯父(父の弟)からの電話が鳴った。
第一声は「父さん来てないのか」だった。これは三連休を意味する挨拶で、特に意味は無い。
流石に連休の度に、片道5時間強の運転をして札幌に来るほどクレイジーな父ではない。
それに最近の父は、狭い俺の部屋に泊まることを少し申し訳なさそうにしている。狭い部屋にしか住めない甲斐性の無い息子で申し訳ないのはこっちの方だった。
そうそう、伯父からの電話は飯の誘いであった。今日はこれから労働があったため、飯は明日の昼に行くことにしてもらい、俺はようやく布団から出て支度を始めた。
車に乗り込み、職場へ向かった。
なにも変わりない、いつも通りの時間が過ぎていった。
ただ、外は凍えるほど寒かった。
俺はただ時給が欲しいだけ。
脳内で歌詞やライブのことを考えながら、ビルの一室に拘束されている時間をやり過ごした。
いつも通り、10分間の休憩が与えられ。
いつも通り、携帯を見た。
母からの着信と、みさこ(幼馴染)や祖母宅から、鬼のような数の着信が入っていた。
これは……
(最悪なパターンだと父さんが死んだとかだな……)
と、不謹慎なことを思った。
(まぁ、その前に祖母だよなぁ……)
と、これまた不謹慎なことを思いつつ、母に折り返す。
最悪のパターンだった。
父さんが死んだ。
母に返事を出来ず無言でいると
「しっかりしてね」と心配されるように言われた気がするが、気のせいだった様な気もする。記憶が曖昧だ。
しっかりしたい。
人でごった返す地下歩行空間を歩いて、車を停めている駐車場に向かった。すれ違う人はあまりにも多かった。
まだ車までは距離があったが、外へ出ることにした。
何故か、一切の寒さを感じなかった。
全身に全く力が入らなかったが、何故か思考は冷静だった様に思う。
週末の東京でのライブのこと。今週中の提出なのに、まだ数行しか書けていないコラムのこと。昨日したしょうもないツイートが、めちゃくちゃ滑っていること。
そんなことを考えていた。
人は死ぬが、父が死ぬのは当分先だと思っていた。
喪服を取りに帰り、幼馴染のミサコと旦那さんを乗せ、祖父の形見に貰った車で、女満別に向かった。
しかし死ぬかね全く。
普通死なないだろ。
ありえん。
親より先に死んだから、確実に地獄行きだな。ははは。
などと、なるべく軽く、父への悪態をつきながら帰った。
正義感が異常に強い人だった。
俺は、父のそんなところが鬱陶しいと思ってたし。そんなところを、なによりも尊敬していた。
俺には全く受け継がれなかった部分。
無条件で、ただただ無償で俺を愛してくれる人が1人いなくなっちまった。
このまま実家に帰って、死んじまった父さんの顔なんか見たくもないなと、思ったりもした。
俺が有名な人間であれば、これは壮大なドッキリという可能性があったが。その可能性はゼロだったし。
だったら聞いたことがあるな。一回死亡と判断されたあとに生き返ったって、アンビリーバボーすぎる話。
あれは都市伝説なんだろうか。
事実なら、父にはまだ可能性はあるんだろうか。
実家に着いた。
すぐに顔は見ず。茶の間でゆっくりとした。
いつも座る定位置は、どこの家庭にもあるように。うちにもあった。それが余計に参った。
父の顔を見て。顔に触って。カチカチに冷たくなった感触で。
ああ、もう絶対に生き返らないな。って、全ての可能性が消えた。
今朝も、父はいつも通り早起きで。
いつも通り、新聞を眺め。
いつも通り、朝食の食器を台所に下げ。
日曜で休みなのに、今日も職場に行こうと服を着て。
その状態で倒れた。
急性心不全。
元気なまんま、誰の世話にもならずに、いきなり死んじまった。
おかげで楽しそうな顔しか思い出せない。
こんな早く死ぬとは褒められたもんではないんだが、同じ男としては、あまりの去り際に、あっぱれだね。これは超えれんわ。
いずれ父親とはこんな会話をしようと思っていたリストが、俺には沢山あった。
今の俺ぐらいのときにはどんな日々を過ごしていたのか。昔の夢はなんだったのか。あとは母との馴れ初めなんかを、笑って話そうと思ってた。
俺のライブを観に来ては。
ライブに感動し涙を流すお客さんがいれば、それを俺にわざわざ報告してくるような野暮な奴だった。
さらに、よく話を聞いてみると、あろうことか、その涙を流すお客さんに話しかけるという。
「まさかずの歌に感動したらしいぞ」と、嬉しそうに話していた。クソ親父過ぎるだろ。
そういえば、ダブサイを3人で始めた当初。父はよく俺に、ギターが早く見つかるといいな、と言っていた。
俺のギターだけじゃ頼りなかったんだろう。
サポートギターが見つかり、4人でライブ出来るようになったことを、まず真っ先に報告すればよかった。喜んでくれただろうな。
結局そういうものだな。
人を失うと、そんな悔いばかりが残るものだ。
なにを伝えても、恐らく伝え足りないんだ。
父が応援してくれていたバンドのライブのため、実家に母をひとり残し、俺は東京に来た。
父との思い出などどこにもないはずの東京でも。一人で歩いていると、何故だか涙は流れてくるもので、ステージ中の自分が少し心配だったが、
余裕で格好いいライブが出来た。サンキュー。
何年か前の誕生日に贈ったアディダスのスーパースターは、俺とお揃いで。
履き込んでボロボロになってくると更に格好よくなるからと教えたのに、大事に履きすぎて、ほぼ新品のままだった。
DOUBLE SIZE BEDROOM「模倣犯深夜革命」
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3月2日(日)東京見放題(新宿モーション 18:15~)
3月9日(土)札幌SPIRITUAL LOUNGE
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