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Rock is(ロックイズ)

但野正和が「闘う男」をテーマに綴る月イチ連載コラム

但野正和の「闘いはワンルームで」

2018/3/21

第8回:大切なことは反町隆史a.k.a.鬼塚英吉が教えてくれた

今月の頭に、大阪と東京でライブをやってきました。
ゆっくりとですが、活動しております。

あくまでも自分自身のために「すげえライブ」ってのをやりたくて。試行錯誤を繰り返しながら。日々を過ごし。次のステージに想いを馳せる。
想像する。3人組の俺たちが創造できるベストな表現、空間とは、どんな方法だろうか。
失敗も成功も基準は無い。例えばその日の売り上げで「今日のライブは良かったね」とはしない。したくない。それは精神的な意地。あれは決してデータ化は出来ない。

「もっといける方法があるな」と、考える日もあるし。
「次のライブで、なにすりゃいいんだろ」と、そのライブが気持ち良すぎて。次のライブが不安になることもある。(ちなみにステージ上で、前回のライブを思い出し、再現しようとすることは、死刑に値する。ステージに充満しているそいつに殺される)

過ぎたライブを一個だけつまみ上げて話題にすることは。なんだかとても申し訳なく思う。
そのライブを観てた人は嬉しいかもしれんが。違うライブを観てた人からすると複雑なのでは。
そんな考えがよぎる。

安心させたいわけじゃない。自分が安心したいから言うのであって。
全てのライブに、そのときの全開の熱量で向かってる。熱い日も、ぬるい日も、ゆるい日も。
その日のベストなライブをやりにいってる。手を抜く余裕なんて無い。

「この日は大事なライブ」みたいな言葉を使う奴は、考えないで発言してるか。手を抜いて生きてるかのどっちかだ。
特別なライブって言葉を使うなら、全てのライブにキッチリ使うべきだ。中指を立てろ。ファック。

俺は、3月2日の大阪パンゲアでのライブ後。
「自分らしさ」について考えた。眠りにつくまで布団の中で。東京に向かう新幹線の中で。宿にチェックインして、見放題の会場入りまでの時間で。
俺に似合うやり方を。考え続けた。
それこそ、いつもライブに現れる、柵の向こう側から、ステージで歌う俺をいつも観ている、あの人々に聞きたいとすら思った。
何故、いつもライブに来るのか。俺がどんなライブをするのを期待しているのか。

と、その思考になってくるのは危険だ。阿呆らしい。
他人の視点を自分の視点にしようとすればたちまち崩れる。
「よし、ブレるからもう二度とお客さんと会話しないどこ。全員無視しよ」と、結局なにも解決しないまま新宿へ。

俺はカッコイイ。そして俺はダサい。

例えば、血の沸騰するようなライブがしたい。

 

と、今回書きたかった本題に入り損ねたまんま、ここまで親指を進めてしまった。
半身浴したまんま、一心不乱にいってた。

流石に千文字オーバーしてるココからいくのはちょっと…
ってことで、タイトルはそのまんま変えずに、次回改めて書かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。

 

但野正和の「闘いはワンルームで」

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但野正和 NEW PROJECT「DOUBLE SIZE BEDROOM」
MV「まるくなった」