ARABAKI ROCK FEST.18は、あらゆる音楽のジャンル、あらゆる世代、そして日本のロックの歴史をのみ込んだ音楽の一大祝祭と化した。2日間で深く広くひろがっていく日本の音楽地図を見た。
2018年4月28日(土)
2018年4月28日土曜日の天気は快晴。文句なしのフェス日和だ。まずは津軽ステージを目指す。神野美伽のライブを見るためだ。アイドルがロック・フェスに出るのは今や常識になった。しかし演歌歌手がロック・フェスに登場するのは珍しい。中心になっているバンド・メンバーはTHE COLLECTORSの古市コータロー(gt)とThe Birthdayのクハラカズユキ(dr)。もともとはフェスのプロデューサーの菅氏が神野美伽をオハラ・ブレイクに誘う際に70年代の歌謡曲や60年代のGSにも精通している古市コータローに相談。ベースレスで神野美伽の楽曲をやったら面白いのではないかという意見が出て、クハラカズユキがメンバーに加わることになった。それに加え、今回は、山本健太(piano)、青木ケイタ(sax)が参加。豪華な布陣のステージになった。神野美伽は「りんご追分」をはじめとしたカバー曲を中心にオリジナル曲を披露。今回が初見だったが、神野美伽の歌力に圧倒された。個人的に演歌は得意ではないが、ベースレスというオルタナの匂いをさせたサウンドが演歌と交わることで、新手のソウルとかジャズのような感触に変えていく。時代にアジャストした新しいジャンルの歌を聴いているようだ。初っ端から面白いステージを見せてもらった。こんな体験ができるのもARABAKIならではだろう。
しばらく会場内を散策。仙台いちごなどを食しながら、陸奥ステージに向かう。そこへ登場したのはTHE PREDATORSだ。プレデターズもそう簡単に見られるバンドではない。コンスタントに活動をやっているバンドではないからだ。メンバーはthe pillowsの山中さわお(vo>)、GLAYのJIRO(ba)、ELLEGARDENの高橋宏貴(dr)。先日、シングルを会場限定でリリースし、全国ツアーを行ったばかりで、おそらくその流れでARABAKIへの出演となったのだろう。この3人のスケジュールを合わせるのは至難の業だ。1曲目は「LIVE DRIVE」。つづけて「THIS WORLD」を披露。プレデターズはデカい音でダイナミックなロックをガンガン鳴らすバンドだ。これが陸奥ステージという一番大きなステージに見事にはまっていた。ツアーのときも感じたが、もはや「趣味のバンド」とはいいがたい完成度だ。最後は「Nightless City」「Hurry up! Jerry!」「爆音ドロップ」を投下して終了。プレデターズのARABAKI以降のスケジュールは未定。他のフェスに登場するというインフォメーションもない。それだけに、たくさんの音楽ファン(彼らのツアーを見ていない人も多くいたと思う)に「ロック・バンドとして成熟したプレデターズ」をアピールできたのはバンドにとってもオーディエンスにとっても幸せなことだ。
次に向かったのがZAO View Village。樹々に囲まれた小さなステージだ。ここに登場したのは、まっくら学芸会。先月、本サイトに掲載した菅氏のインタビューに登場したバンドのひとつだ。彼らは、今年の新人オーディションでARABAKI出場権を獲得したバンドだ。菅氏曰く「曲が物語になっているんですよ」。その言葉から勝手にザ・フーのロック・オペラのようなものと判断したが、実際に観ると少しニュアンスが違った。「演劇のないミュージカル」といった方が近いかもしれない。あるいは「物語の朗読の音楽化」か。要するに「まっくら学芸会」ということなんだけど。今回、披露された楽曲は魔女の物語がリリックで描かれている。それを3ピースのバンドが歌と演奏で表現する。メンバーはきりん(vo&key)、くわ(ba)、ttp(dr)。ギターレスのバンドだ。サウンドは完全にプログレッシブ・ロック。それも今どきのオルタナ的なプログレではなく、昔ながらのプログレで、楽曲が組曲のようになっていて、クラシカルな要素も含んでいる。50歳以上のプログレ・ファンに刺さる音楽だ。しかもきりんは魔女の衣装を着ながらうたい、演奏する。本人たちは「学芸会の衣装」という程度の意識しかないのだろうが、ぼくらオールドなロック・ファンからすると『レッド・ツェッペリンⅣ』のジャケットに登場する魔法使いにしか見えない。演奏力もやたらと高くて、70年代にタイムスリップしたような気分になった。ロックも一周したな、という感じだ。またも「他のフェスでは見られないもの」を見せてもらった。
ロックの図書館の分室をのぞいたり、東北ライブハウス大作戦のブースのなかの石井麻木氏の写真展を見たりして過ごす。幡ヶ谷再生大学の活動にはいつも頭があがらない。この活動があるからこそBRAHMANのステージでのTOSHI-LOWのMCにも説得力が生まれる。東北ライブハウス大作戦ステージはブースのスペースを改造したような小さなステージ。そこで村松徳一が歌い始める。村松徳一は岩手県出身のシンガーソングライター。2015年にARABAKIに出演。2017年にはオハラ☆ブレイクにも出ている。とてもいい声の持ち主だ。今回の東北ライブハウス大作戦のステージは、1曲は忌野清志郎の曲を披露するというのがテーマ。忌野清志郎の歌を若い世代にも歌い継いでもらおうという主旨だ。村松徳一はRCサクセションの「スローバラード」を歌い上げる。ステージの向かいには清志郎を象徴するキャラクター、ヒトハタウサギのオブジェが立って、ステージを見守っていた。
ZAO View Villageに戻って、タブラボンゴのワークショップを眺める。タブラボンゴはASA-CHANGが考案した楽器。ルックスはボンゴだが、インドの楽器タブラのような音を鳴らせる太鼓だ。仙台・福島・郡山の愛好家が集まっての、ARABAKIでのワークショップは今年で5年目を迎える。参加者のほとんどが初心者だったが、わりと簡単にタブラボンゴを操っていた。タブラボンゴだけではなく、会場内のブースでは体験型のイベントも用意されている。お絵描きをする子供もいれば、フラフープのようなものをまわしている人たちもいる。ヤギとヒツジがいるエリアでは、家族連れが写真を撮っていた。ロックの図書館の分室でアナログレコードを眺めるのに時間を費やしている人もいる。花笠ステージから磐越ステージにかけての動線にはそういったイベントを催すブースがたくさんある。フェスにいることそのものを楽しむのもまたフェスの楽しみ方だ。
会場をうろついているあいだに日が暮れ、急に気温が下がる。日が暮れると、東北にいることを実感する。あわててジャケットをはおる。磐越ステージへ池畑潤二主催「BIG BEAT CARNIVAL」を見に行った。
まずBIG BEAT CARNIVALとはちょっとしたご縁がある。ぼくが副編集長をやっているDONUTの創刊号と第4号でBIG BEAT CARNIVALを紹介した。創刊号がZepp仙台のフィナーレを飾るイベントのとき、第4号がARABAKIでの、つまり前回のBIG BEAT CARNIVALだった。前回はルースターズのナンバーを中心にステージを展開。大江慎也をフィーチャーしてのロックンロールとビートに溢れたステージだった。5年ぶりのBIG BEAT CARNIVALのテーマは「映画」。名付けて「Soundtrack Cinema Show」。映画音楽にロック・ナンバーが使用されることは多々ある。007の主題歌を例にあげても、古くはポール・マッカートニーが、最近ではジャック・ホワイトが主題歌をうたった。主題歌だけではなくロック・バンドやアーティストをテーマにした映画もたくさんある。また近年、ミュージシャンが映画に出演するパターンも多い。とくにヒップホップ・アーティストの役者転向(進出)は今や珍しくない。映画とポピュラー・ミュージックの繋がりは深い。
ステージは映画『007』シリーズのテーマでスタート。スクリーンには007風のタイトルバックでメンバー紹介が映し出される。メンバーは、池畑潤二(dr)、花田裕之(gt)、井上富雄(ba)、細海魚(key)、ヤマジカズヒデ(gt)、田中邦和(sax)、青木ケイタ(sax)、甲田伸太郎(sax)の8人。ゲストボーカルが浅井健一、伊藤ふみお(KEMURI)、陣内孝則、田中和将(GRAPEVINE)、チバユウスケ(The Birthday)、トータス松本(ウルフルズ)、TOSHI-LOW(BRAHMAN)、中納良恵(EGO WRAPPIN’)。ハウスバンドをバックに、ゲストボーカルが入れ代わり立ち代わり楽曲をうたうという趣向だ。MCがスマイリー原島。ブロックごとに楽曲の解説を行った。古い洋楽のナンバーも多かったので、スマイリー原島のMCはオーディエンスにとってとても親切なガイドになった。
最初に登場したのはTOSHI-LOW。「I Fought The Law」をうたう。この曲は2014年にリメイクされた映画『ロボコップ』に使用された。もともとはエディ・コクランのバックバンドだったクリケッツの楽曲だが、クラッシュがカバーしてからは、彼らの代表曲として知られるようになった。最後にTOSHI-LOWは客席へ飛び込んだが、誰も受けとめてくれなかった、と翌日のBRAHMANのステージで語っていた。次にチバユウスケが登場。イギー・ポップの「Lust For Life」を披露。映画『トレインスポッティング』の挿入歌だ。今にもユアン・マクレガーがどこからともなく走ってきそうだ。TOSHI-LOWにしろチバユウスケにしろゲストボーカルの存在感は抜群。その歌を上回るかのように、バンドが繰り出すサウンドが途方もなくかっこいい。ロックンロールのお手本のような演奏だ。次に伊藤ふみおが登場。ジョージ・ルーカス監督の映画『アメリカン・グラフィティ』にも使われた「悲しき街角」を熱唱した。
映画『ミッション・インポッシブル』のテーマを挟んで、2部がスタート。最初に登場したのは浅井健一。映画『20世紀少年』で使われたT・レックスの1973年の作品「20th Century Boy」を演奏。次に田中和将が登場。トム・ハンクス監督『すべてをあなたに』に出てくる架空のバンド、ザ・ワンダーズの「That Thing You Do!」をカバーした。2部の最後はエゴラッピンの中納良恵がベット・ミドラー主演の映画『ローズ』より「The Rose」を歌い上げる。この企画は洋楽への橋渡しの役割も果たしている。日本のロックをルーツに持つ若いミュージシャンが増えるなか、音楽の表現の幅は確実に狭まっている。坂本龍一も指摘していたが、憧れのバンドの憧れのバンドへと触手を伸ばしていけばいくほど、楽曲のアイディアは広がる。
3部は映画『ピンク・パンサー』のテーマで幕開け。クルーゾー警部のはちゃめちゃな捜査っぷりを描いたコメディ映画だが、イメージ・キャラクターのピンクの豹がひとり歩きした感もある。3部の最初を飾ったのは陣内孝則。最近のリスナーは陣内孝則というと役者のイメージしかないかもしれない。彼はルースターズやモッズと同時期に活躍したバンド、ロッカーズのフロントマンだ。ロッカーズのフロントマンがルースターズのメンバーを中心にしたバンドを従えてうたうというだけで自ずとテンションが上がる。しかも陣内孝則が歌い始めた曲が「セルナンバー8」! この曲は石井聰亙(現・石井岳龍)監督の1982年の作品『爆裂都市 BURST CITY』の挿入歌で、劇中ではロッカーズが演奏していた。『爆裂都市』は日本のロックムービーの金字塔。近未来の物語だが、80年代の日本のライブハウス・シーンに漂っていた空気や匂いが封じ込めてある。まさか「セルナンバー8」を2018年に聴けるとは思わなかった。しかもルースターズをバックに陣内孝則がうたうなんて。リアルタイマーにとっては涙腺崩壊のパフォーマンス。切れ味鋭いサウンドと陣内孝則の歌の説得力は、経験を積んだ分、当時を上回っているかもしれない。時空を超えて突然降り注いだ「セルナンバー8」には日本のロックンロールの歴史がまるごと詰まっているようだった。次に陣内孝則はルースターズの代表曲「恋をしようよ」を披露。オーディエンスの熱狂がさらに大きくなる。陣内が自身の監督作品でこの曲をうたったという。数万人の人がやってくるフェスにおいては、それこそ数万人分の物語が紡がれるのだろうが、ぼく個人の物語のクライマックスは「セルナンバー8」と「恋をしようよ」だった。ロックンロールの普遍性と力を嫌というほど見せつけられた。この2曲に立ち会えただけでARABAKIに来た甲斐があった。
ライブはまだまだつづく。次にウルフルズのトータス松本が登場。とてつもなくファンキーな「プリティ・ウーマン」を披露した。この曲は同名映画に使用されたロイ・オビソンの代表曲。ヴァン・ヘイレンのカバーで知っている人もいると思う。トータス松本は陣内孝則の圧倒的なロックンロール・パフォーマンスに負けないくらいの、全身全霊のソウル・ミュージックを披露。客席もおおいに盛り上がった。ここで本編は終了。アンコールは出演者が全員登場して、伊藤ふみおをメインに「ロック・アラウンド・ザ・クロック」で大団円。ああ、もうお腹いっぱいだ。
(森内淳/DONUT)